はじめに──私が「翻訳者」になった理由
はじめまして、和泉といいます。
このページを開いてくださったこと、ありがとうございます。
あなたは今、何かを変えたくて、ここにたどり着いたのかもしれません。
もしそうなら、私の経験が、少しだけあなたの力になれるかもしれない。
これから話すのは、私自身の「再生」の物語です。
「偽装」が教えてくれた、言語化の原点
私は、左利きです。
ただし、あなたが私を見ても、それには気づかないでしょう。
なぜなら私は物心ついた頃から、右手で生きることを当たり前に過ごしてきたから。
社会的な場面では右手を使う。
力が必要な動作も、右手でこなす。
でも、ふとしたときに出るのは左手、繊細な作業は左手。
本来の利き手ではない右手を、訓練によって「利き手のように操る」。
この経験が、私に一つの能力をもたらしました。
それは、「無意識の感覚を、意識的に言語化し、再現可能な技術に落とし込む」という能力です。
普通の人は、利き手を使うとき何も考えません。
感覚だけで動かせる。
でも私は、右手を使うたびに「どうすればうまくいくか」を分解し、意識的にコントロールしてきた。
この「偽装の技術」が、のちに私の最大の武器になるとは、当時の私は知る由もありませんでした。
いじめ回避のために編み出した「逆算思考」
中学生の頃、私は周囲との摩擦を避けるために、ある戦略を立てました。
「誰にも文句を言わせない成績を取ること」。
ただし、私にはガリ勉をする根性も、時間もありませんでした。
大好きなテニスやゲームに没頭したかったからです。
どうすれば、大好きなことをやりながら、成績を上げられるのか?
そんな中、先生の使っている教材をヒントに気づいたのが、「ゴール(解答)から逆算して、最短ルートで攻略する」という手法でした。
授業に集中し、テスト期間だけ「逆算」で勉強する。
この省エネ戦略で学年トップクラスを維持し、余った時間は全部、好きなことに使う。
この頃から私は、「努力の量」ではなく「仕組み」で勝つことを実践していました。
21歳、すべてが崩れ去った日
しかし、21歳のとき、人生は一変しました。
不眠をきっかけに心身のバランスを崩し、長期の闘病生活へ。
大量の薬の副作用で、退院時には自分の名前すら満足に書けず、階段も一人で降りられないほど、身体機能が低下していました。
それまで積み上げてきた自信も、スキルも、21年間のすべてがゼロになった瞬間でした。
歯医者の問診票を、代筆してもらったときの惨めさ。
悔しくて、情けなくて、それでもどうにもならなかった、あの感覚。
今でも、忘れられません。
「ハンデ」があったから、最強のメソッドが生まれた
そこからの21年間は、「マイナスからの再生」の歴史です。
震える手で、どうやってギターを弾くか?
集中力が続かない脳で、どうやって練習をこなすか?
健常者が無意識(感覚)でこなすことを、私はすべて「分解」し、「言語化」し、「仕組み化」しなければ実行できませんでした。
でも、その過程で私は皮肉にも、ある能力を手に入れました。
「天才が感覚でやっていることを、誰にでもできるマニュアルにする翻訳能力」。
私が教えると、生徒さんは簡単に壁を乗り越えていきます。
それは彼らの才能だけではなく、私が「見えない階段」を可視化しているからです。
感覚を、技術に。
才能を、仕組みに。
それが、私の仕事です。
時間=命。あなたには、近道をしてほしい。
現在42歳。
健常者としての21年と、障害と共に生きた21年が、ちょうど同じ長さになりました。
私はもう、健常者に戻りたいとは思いません。
「障害者でありながら、健常者以上に自分らしく生きる」と決めました。
私が苦労して手に入れた「攻略法」を使って、あなたが簡単に成功してくれること。
それが私の最大の喜びであり、誇りです。
時間=命です。
私の42年分の試行錯誤を、あなたは数時間の「ショートカット」として受け取ってください。
浮いた時間で、あなたが人生を存分に楽しむこと。
それが、私の願いです。
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