子どもの成績が下がった。
テストの点数が悪かった。
そんな時、最初に何を考えますか?
「勉強時間が足りないのかな」
そう考える人は多いと思います。
では、勉強時間を増やす。
塾を増やす。
宿題を増やす。
問題集を買う。
予定表に勉強時間を書く。
子どもが机に向かう時間が増える。
少し安心しますよね。
わかります。
何もしていない状態より、勉強している姿が見えるほうが安心します。
でも、私は少し怖いと思っています。
勉強時間が増えたことで、問題が解決したような気持ちになってしまうからです。
机に座っていると安心します
子どもがゲームをしている。
スマートフォンを見ている。
ソファで寝転がっている。
テスト前にそんな姿を見ると、気になりますよね。
「大丈夫なの?」
「勉強しなくていいの?」
言いたくなると思います。
一方で、机に向かっていれば安心します。
何をしているのかは、よくわからない。
でも、教科書を開いている。
ノートに何か書いている。
2時間くらい部屋から出てこない。
「今日は勉強していたな」
そう思えます。
これはなぜでしょうか。
勉強時間は、見えるからです。
2時間。
3時間。
週4回の塾。
問題集30ページ。
数字にできます。
数字になるものは、安心しやすいです。
でも、勉強の結果はすぐには見えません。
だから私たちは、見えるものを増やしたくなります。
「3時間勉強した」は結果ではありません
少し厳しい話をします。
「3時間勉強した」
これは結果ではありません。
もちろん、3時間机に向かったことは事実です。
頑張ったことも否定しません。
でも、勉強の目的は「長時間机に座ること」ではないですよね。
ここを間違えると、子どもも苦しくなります。
3時間勉強した。
親に褒められる。
では、次も3時間やる。
点数が上がらない。
では、4時間やる。
まだ上がらない。
塾を増やす。
気づけば、生活のほとんどが勉強になります。
それでも結果が出なかったら、どうなるでしょうか。
「こんなにやっているのに」
本人も思います。
親も思います。
そして最後には、
「この子は勉強が苦手なのかもしれない」
という話になります。
私は、この流れに違和感があります。
足りないものを、いつも「時間」にしていませんか?
成績が伸びない。
勉強時間が足りない。
集中できない。
勉強時間が足りない。
覚えられない。
もっと勉強する。
問題が解けない。
もっと問題を解く。
いつも最後は「時間を増やす」に戻っていないでしょうか。
でも、時間は万能ではありません。
料理に失敗した時、
「加熱時間が足りない」
こともあります。
でも、塩を入れ忘れているかもしれません。
材料を間違えているかもしれません。
火加減が違うかもしれません。
何が原因かわからないまま、とにかくあと1時間煮込み続ける。
普通はしませんよね。
でも、勉強では似たことが起きます。
結果が出ない。
原因はわからない。
では、もっと勉強する。
私は、ここで一度止まってほしいと思っています。
子どもの1時間を、軽く考えたくありません
大人になると、1年が早いですよね。
気づけば春が終わる。
夏になっている。
もう年末。
「今年、何をしていたんだろう」
そんなこともあります。
でも、中学生の頃の1年は長かったと思いませんか。
友達との時間。
部活。
初めて行く場所。
好きなゲーム。
家族との旅行。
何でもない帰り道。
子どもにとっては、そういう時間の一つひとつが人生です。
だから私は、
「あと1時間勉強させればいい」
と簡単には考えたくありません。
1日1時間。
1か月で約30時間です。
1年なら、かなりの時間になります。
その時間に何ができたでしょうか。
部活の練習ができたかもしれません。
本を読めたかもしれません。
絵を描けたかもしれません。
ゲームに夢中になれたかもしれません。
友達と話せたかもしれません。
家族で夕食を食べられたかもしれません。
何もしないで休めたかもしれません。
もちろん、勉強にも時間は必要です。
私は勉強を否定していません。
ただ、
「成績が不安だから、とりあえず子どもの時間を追加で使う」
という考え方には慎重でいたいんです。
私は、時間を奪われることが嫌いです
以前の記事で、中学生の頃の話を書きました。
私は、いじめられないために成績が必要だと考えていました。
自分を守るための防具です。
だから結果は必要でした。
でも同時に、勉強に自分の生活を全部渡すことも嫌でした。
自分を守るために勉強しているのに、
勉強のせいで自分の時間がなくなる。
それでは何かがおかしいと思ったんです。
当時は「時間は命」なんて言葉を使っていません。
そんなことを考える中学生でもありませんでした。
ただ、
「時間を取られたくない」
と思っていました。
部活もしたい。
ゲームもしたい。
自分の好きなこともしたい。
その気持ちは強かったです。
今振り返ると、私はずっと同じことを考えています。
自分の人生の時間は、自分で使いたい。
だから、無駄な遠回りが嫌いなんです。
親は子どもの時間を奪いたいわけではありません
ここは誤解してほしくありません。
親御さんを責めたいわけではないです。
むしろ逆です。
心配なんですよね。
このままで大丈夫なのか。
高校に行けるのか。
将来困らないのか。
親として、もっと何かしたほうがいいのではないか。
その不安がある。
だから塾を探します。
問題集を買います。
「勉強しなさい」と言います。
全部、子どものことを考えているからです。
でも、親の不安と子どもの時間が交換され続けているなら、一度止まってもいいと思うんです。
本当に時間が足りないのでしょうか。
本当に塾を増やす必要があるのでしょうか。
本当に、もっと勉強させるしかないのでしょうか。
私は、そうではない可能性があると思っています。
時間は命です
時間は貯金できません。
今日使わなかった1時間を、10年後に引き出すことはできません。
大人も同じです。
子どもも同じです。
だから私は、勉強時間を増やすことを簡単にはすすめません。
必要なら、もちろん勉強します。
でも、その前に考えることがあると思っています。
今のやり方のままでいいのか。
本当に時間を増やすしかないのか。
他に見直せるものはないのか。
私は中学生の頃から、この問いをずっと持っていました。
その中で身についた考え方を、今は「解答逆算型思考法」と呼んでいます。
詳しい方法は、まだこの記事では書きません。
中途半端に一部分だけ伝えると、
「楽をする方法」
「勉強しなくていい方法」
「簡単に結果だけを求める方法」
と誤解される可能性があるからです。
そうではありません。
私が考えているのは、
「子どもの時間を守りながら、必要な結果を目指すにはどうするか」
ということです。
勉強時間を増やす前に、一度だけ立ち止まってください。
その1時間は、本当に必要でしょうか。
時間は命です。
子どもの時間も、戻ってきません。
勉強時間を増やす前に、学び方を一度見直してみませんか?
私は、子どもの努力が足りないとは思っていません。
頑張っているのに結果が出ないなら、もっと頑張らせる前に、今の学び方を見直してほしいと思っています。
子どもの時間も、家族の時間も有限です。
私は公式LINEで、勉強時間を増やす前に家庭で考えてほしい「学び方の順番」についてお伝えしています。
「塾を増やす前に、家庭でできることを知りたい」
そう感じた方は、こちらから読んでみてください。
