私は中学生の頃、ゲームが好きでした。
部活もしていました。
ソフトテニス部です。
そして、成績も落としたくありませんでした。
以前から書いているように、私にとって成績は自分を守るための防具だったからです。
良い成績は必要でした。
でも、ゲームもしたい。
部活もしたい。
自分の時間も欲しい。
全部欲しかったんです。
かなり欲張りですよね。
でも今振り返ると、
ゲームをしたかったからこそ、私は勉強について考えたのだと思っています。
勉強が大好きだったわけではありません
成績トップクラス。
そう書くと、
「勉強が好きだったんですね」
と言われることがあります。
違います。
勉強が嫌いだったとも言いません。
知ることが面白い時もありました。
問題が解けてうれしいこともあります。
でも、
毎日ずっと勉強していたい。
休みの日も朝から晩まで机に向かいたい。
そういう子ではありませんでした。
ゲームをしたかったです。
当時の自分に、
「今日は自由に何をしてもいいよ」
と言ったら、
たぶん勉強は選びません……。
ゲームをしていたと思います。
ゲームをするには、時間が必要でした
当たり前ですよね。
ゲームは時間を使います。
電源を入れる。
始める。
少し進む。
面白くなる。
ここで、
「勉強の時間だから終わり」
となる。
嫌ですよね。
ゲームをするなら、ある程度まとまった時間が欲しいです。
部活も同じです。
学校から帰る時間もあります。
食事もします。
寝ないといけません。
一日は24時間しかありません。
その中で、
成績も取る。
部活もする。
ゲームもする。
全部やろうと思ったら、
時間が足りなくなります。
では、何を諦めるのか。
勉強でしょうか。
私には難しかったです。
成績は自分を守るために必要でした。
部活もやめたくありません。
ゲームもしたい。
では、どうするのか。
勉強について考えるしかありませんでした。
「もっと頑張る」は、私には合いませんでした
成績を取りたい。
では、毎日5時間勉強する。
休日は10時間勉強する。
遊ばない。
ゲームもしない。
そういう方法もあったと思います。
実際、それができる人もいますよね。
すごいと思います。
でも、自分には無理でした。
そこまで強いやる気を毎日持てません。
我慢にも自信がありません。
ゲームが目の前にあれば遊びたいです。
だから、
「自分を変えて、勉強が大好きな人間になろう」
とは考えませんでした。
今の自分のままで何とかしたかったんです。
ゲームが好き。
遊びたい。
でも結果は欲しい。
では、今の勉強のままでいいのか。
私は、そこを考えるようになりました。
欲があったから、考えました
「ゲームを我慢して勉強しました」
このほうが、話としては立派ですよね。
努力の話になります。
我慢した。
頑張った。
結果が出た。
きれいです。
でも、私の話は違います。
我慢したくなかったんです。
ゲームをしたかった。
だから、時間が欲しかった。
時間が欲しい。
でも成績は必要。
困りますよね。
この「困った」があったから、考えました。
私は、人間が考えるきっかけというのは、
いつも立派なものではないと思っています。
楽をしたい。
遊びたい。
怒られたくない。
負けたくない。
怖い。
自由になりたい。
そんな気持ちから始まることがあります。
私の場合は、
いじめられたくない。
ゲームをしたい。
この二つでした。
かなり中学生らしいですよね。
でも、自分にとっては本気でした。
子どもに立派な動機を求めすぎなくてもいいと思っています
「将来のために勉強しなさい」
正しいと思います。
「選択肢を広げるためだよ」
これも正しいです。
「大人になって困るよ」
たぶん、本当でしょう。
でも、中学生にどこまで届くでしょうか。
私は、あまり届かなかったと思います。
将来。
大学。
就職。
収入。
遠いんですよね。
私を動かしたのは、もっと近いものでした。
学校で自分を守りたい。
そしてゲームをしたい。
今日の自分に関係があります。
だから考えました。
子どもが勉強しない時、
「将来のことを何も考えていない」
と思うことがあります。
でも、そもそも将来を動機にしなくてもいいのかもしれません。
その子は今、何が欲しいのでしょうか。
何をしたいのでしょうか。
何を失いたくないのでしょうか。
私は、そちらが気になります。
ゲームを取り上げれば、勉強するのでしょうか
成績が下がった。
ゲームばかりしている。
では、ゲームを禁止する。
わかりやすいです。
ゲームの時間がなくなります。
時間が空きます。
その時間に勉強してほしい。
親としては、そう考えますよね。
でも、本当に勉強するのでしょうか。
ぼーっとするかもしれません。
動画を見るかもしれません。
寝るかもしれません。
ゲームを取り上げたことで、勉強ができるようになるとは限りません。
私は、
「遊ぶ時間があるから勉強できない」
と単純には考えていません。
自分自身がゲームをしていたからです。
ゲームはしたい。
でも成績は必要。
この二つがあったから、勉強について考えました。
もし、
「ゲームは禁止。勉強だけしなさい」
と言われていたら、
私は勉強をもっと好きになったでしょうか。
たぶん違います。
勉強に時間を奪われている感覚が、もっと強くなっていたと思います。
好きなことを守りたい気持ちは、力になることがあります
ゲームをしたい。
親から見ると、
「遊びたいだけ」
に見えるかもしれません。
そうです。
遊びたかったんです。
でも、その気持ちがあったから、
「時間が欲しい」
と思いました。
時間が欲しいから、
今のままでいいのか考えました。
私は、
子どもの「遊びたい」を全部悪いものにしなくてもいいと思っています。
友達と遊びたい。
部活をしたい。
絵を描きたい。
動画を見たい。
ゲームをしたい。
寝たい。
その気持ちがある。
では、
必要なことと、どう両立するのか。
ここで考えることが始まります。
全部我慢する。
大人に管理してもらう。
私は、それだけが答えではないと思っています。
自由時間が欲しかったから、自分で何とかしたかったです
私にとって大切だったのは、
「勉強を早く終わらせても、次の勉強を追加されたくない」
ということだったのかもしれません。
少し変な話ですよね。
早く終わった。
では、もう一冊問題集をやろう。
空いた時間がある。
では、さらに勉強しよう。
これでは、終わりがありません。
私は嫌です。
必要なことをする。
結果を目指す。
終わったら、自分の時間に戻る。
そうしたかったんです。
ゲームをする。
部活をする。
好きなことをする。
誰かに、
「その時間も勉強に使いなさい」
と言われたくありませんでした。
自分の時間だったからです。
だから、自分で何とかする必要がありました。
結果が出なければ、
「もっと勉強しなさい」
と言われます。
だったら、必要な結果は出したい。
かなり現実的ですよね。
今考えると、
これが自分で学ぶことにつながったのだと思います。
親が全部管理すると、子どもが考える必要はなくなります
何時から勉強する。
今日は数学。
ここまでやる。
ゲームは一時間。
終わったら次は英語。
全部親が決める。
子どもは、その通りにやります。
家庭によっては必要な時期もあるでしょう。
でも、ずっと続けるのでしょうか。
親が決めてくれるなら、
子どもは考えなくてもいいです。
言われたことをやる。
終わる。
次の指示を待つ。
私は、自分の時間が欲しかったから、
自分で考える必要がありました。
誰かに管理されたくなかったんです。
だったら、自分で結果を出すしかありません。
自由と責任は一緒なのかもしれません。
自由時間が欲しい。
では、自分で考える。
必要なことには向き合う。
結果も見る。
私は、中学生の頃にそんな感覚を持っていたのだと思います。
ゲームをしたかったことを、今は悪いと思っていません
ゲームではなく勉強が好きだったら。
もっと立派な学生生活だったかもしれません。
でも私は、今の自分でよかったと思っています。
ゲームをしたかった。
部活もしたかった。
成績も欲しかった。
全部欲しかった。
だから考えました。
どれか一つを諦めるのではなく、
何とかできないか。
その中で身についた考え方が、
今の自分にも残っています。
仕事でも。
AIでも。
新しいことを学ぶ時でも。
時間を増やす前に、考える。
今やっていることは何につながっているのか。
必要のない遠回りをしていないか。
私はずっと同じです。
始まりは、
「ゲームしたい」
だったのかもしれません……。
子どもの「遊びたい」を、すぐに消さなくてもいいと思っています
テスト前なのにゲーム。
宿題があるのに動画。
親としては気になります。
わかります。
でも、
遊びたい気持ちを全部消して、
勉強だけに向かわせる。
私は、それがいつも正解だとは思っていません。
遊びたい。
自分の時間が欲しい。
では、必要なことをどうするのか。
その問いを持つことも大切だと思っています。
私は、子どもに勉強を好きになってほしいわけではありません。
好きになれば、それは素晴らしいです。
でも、好きになれなくてもいいです。
必要な時に、自分で考えて進める。
そして終わったら、
自分の時間を自分で使う。
私は、そんな状態を作りたいです。
ゲームでもいいです。
部活でもいいです。
何もしなくてもいいです。
取り戻した時間は、その子のものです。
私が勉強について考え始めた理由も、
たぶん同じです。
自分の時間を、
自分に返したかったんです。
勉強時間を増やす前に、学び方を一度見直してみませんか?
私は、ゲームをする子どもを見て、すぐに「勉強への意識が低い」と決めなくてもいいと思っています。
遊びたい。
自分の時間が欲しい。
その気持ちが、学び方を考えるきっかけになることもあります。
私は公式LINEで、勉強時間を増やす前に家庭で考えてほしい「学び方の順番」についてお伝えしています。
「ゲームを取り上げないと勉強しないのでは、と不安になる」
「成績も大切。でも子どもの好きな時間も守りたい」
そう感じている方は、こちらから読んでみてください。

