夕方。
子どもは塾です。
帰ってくるのは夜。
家族は先に夕食を食べる。
子どもは帰宅して、一人で食べる。
そんな家庭もあると思います。
受験があります。
勉強も大切です。
塾も必要なことがあります。
だから、
「家族で夕食を食べるために、塾をやめましょう」
と言いたいわけではありません。
でも、時々考えます。
家族で夕食を食べる時間は、
教育より価値が低いのでしょうか。
家族の時間は、数字になりません
テストの点数。
偏差値。
通知表。
模試の判定。
数字になります。
だから、気になりますよね。
前回より5点下がった。
偏差値が2下がった。
評価が一つ変わった。
親としては不安になります。
では、
今月、家族で何回一緒に夕食を食べたでしょうか。
何分くらい話したでしょうか。
子どもは最近、何に笑っていたでしょうか。
こちらは数字になりません。
通知表にも載りません。
模試にも出ません。
だから、後回しになりやすいのだと思います。
見える結果のほうを優先したくなります
塾に行く。
勉強する。
テストを受ける。
点数が出る。
結果が見えます。
一方で、
家族で夕食を食べる。
「今日学校どうだった?」
と聞く。
くだらない話をする。
笑う。
それで何が変わったのでしょうか。
わかりにくいですよね。
明日のテストの点数が上がるわけではないかもしれません。
偏差値も変わらないでしょう。
だから、
「今日は塾だから仕方ない」
となります。
もちろん、仕方がない日もあります。
でも、
毎日それでいいのでしょうか。
私は少し気になります。
子どもとの会話は、予定表に入りません
塾。
18時から21時。
予定表に書きます。
部活。
大会。
模試。
全部予定になります。
でも、
「家族で話す時間」
とは書きませんよね。
予定にしなくても、いつでもできると思うからです。
同じ家に住んでいます。
明日も会えます。
来週もいます。
だから後でいい。
でも、本当にそうでしょうか。
中学生になると、子どもの世界は広がります。
友達。
部活。
学校。
スマートフォン。
ゲーム。
少しずつ、親の知らない時間が増えていきます。
それは普通です。
成長です。
だからこそ、
同じ家にいるから、いつでも話せる。
そうは限らないと思っています。
夕食の時にしか聞けない話があります
「今日、学校どうだった?」
聞いても、
「普通」
で終わることがありますよね。
親としては、
もう少し何か話してほしい。
そう思います。
でも、食事をしている。
テレビがついている。
何となく同じ場所にいる。
そのうち、
「今日先生がさ」
と話し始める。
ありますよね。
真正面から、
「学校で悩みはない?」
と聞いても話さない。
でも、ご飯を食べながらだと突然話す。
私は、こういう時間が大切だと思っています。
話の内容は大したことがないかもしれません。
友達の話。
先生の話。
ゲームの話。
部活の話。
でも、
子どもが今どんな世界で生きているのか。
少し見えます。
私自身、学校が世界のほとんどでした
以前の記事で書きました。
私は中学生の頃、いじめられることを怖がっていました。
自分を守るために、良い成績が必要だと思っていました。
今の自分から見ると、
他にも考え方はあったかもしれません。
でも、当時の自分には見えませんでした。
子どもの世界は狭いです。
学校で起きていることが、人生のほとんどに感じることがあります。
友達との関係。
先生の言葉。
クラスでの立場。
大人からすると、
「そんなこと気にしなくてもいい」
と思うことでも、
本人には大問題です。
もし、その時に誰かと話せる時間があったら。
少し違ったこともあったかもしれません。
もちろん、夕食を一緒に食べればすべて解決する。
そんな話ではありません。
でも、
話せる余白があること。
同じ場所にいること。
私は、軽く考えたくありません。
子どものために働いて、子どもと会う時間が減ることがあります
教育費が増える。
親は働きます。
子どものためです。
塾代。
教材費。
受験費用。
将来のため。
少しでも選択肢を増やしてあげたい。
そのために仕事を頑張る。
帰宅が遅くなる。
子どもは塾です。
夕食の時間が合わない。
会話が減る。
これも、よく考えると不思議ですよね。
子どものために頑張っている。
でも、子どもと過ごす時間が減っていく。
誰が悪いわけでもありません。
親は子どものことを考えています。
子どもも頑張っています。
でも、家族の時間だけが少しずつ消えていく。
私は、それを仕方がないことだけで終わらせたくありません。
教育は、子どもを幸せにするためにあると思っています
何のために勉強するのでしょうか。
何のために教育費を使うのでしょうか。
私は、
子どもの人生を少しでも良くするためだと思っています。
将来の選択肢を増やす。
困ることを減らす。
自分で考えられるようになる。
やりたいことを選べるようになる。
全部、子どもに幸せに生きてほしいからですよね。
では、
その教育のために、
今の家庭が苦しくなる。
親子で会話がなくなる。
夕食も別々になる。
毎日勉強の話で喧嘩する。
これでいいのでしょうか。
少し順番が違う気がします。
家族で食べる夕食も、私は教育だと思っています
大げさに聞こえるかもしれません。
でも私はそう思っています。
親が仕事の話をする。
ニュースの話をする。
今日失敗した話をする。
子どもが学校の話をする。
兄弟が喧嘩する。
くだらないことで笑う。
食事を残して怒られる。
そういう毎日の中でも、
子どもは何かを見ていると思います。
人と話す。
意見が違う。
謝る。
笑う。
誰かの話を聞く。
社会は、テスト問題だけではありません。
人と生きていきます。
私は、家族で過ごす時間も、
その子を作る時間だと思っています。
だから、
「勉強ではないから価値が低い」
とは思いたくありません。
もちろん、毎日一緒に食べなくてもいいです
家庭によって状況は違います。
仕事もあります。
塾もあります。
部活もあります。
家族全員の時間が合わないこともあります。
毎日絶対に一緒に夕食を食べましょう。
そんなことを言いたいわけではありません。
それでは、また親御さんの負担が増えます。
「家族で食事をしないとダメな家庭」
という新しい正解を作りたいわけでもありません。
ただ、
勉強の予定は守る。
塾の予定も守る。
模試も行く。
でも、
家族の時間は毎回後回し。
もしそうなっているなら、
一度考えてもいいと思っています。
失った時間は、後から買い戻せません
子どもの成績が下がった。
勉強すれば戻せることがあります。
知らないことがある。
後から学べます。
塾を変えることもできます。
教材も買えます。
でも、
中学2年生の子どもと食べる今日の夕食は、
今日しかありません。
明日も夕食はあります。
でも、同じ夕食ではありません。
子どもは一日大きくなっています。
自分も一日年を取っています。
時間は戻りません。
私は、これを忘れたくありません。
成績表には載らないものを、大切にしたいです
子どもが何点取ったのか。
大切です。
進路にも関わります。
現実があります。
でも、
家族で何回笑ったのか。
子どもが何を話したのか。
親がどんな顔で生きていたのか。
こちらは数字になりません。
だからこそ、
意識しないと消えていくと思っています。
私は、解答逆算型思考法を伝えています。
勉強の考え方です。
でも、最終的に見たいのは、
問題集が早く終わった姿だけではありません。
子どもが自分の時間を持てる。
親が少し安心できる。
勉強の話以外もできる。
家族で夕食を食べられる日が増える。
私は、そこまで変わってほしいんです。
家族で夕食を食べる時間は、教育より価値が低いのでしょうか
私は、比べなくていいと思っています。
勉強も大切です。
家族の時間も大切です。
どちらかを全部捨てる必要はありません。
ただ、
勉強が心配になると、
私たちは勉強時間を増やします。
そして、何か別の時間を減らします。
その減らしたものが何なのか。
一度見てほしいです。
夕食でしょうか。
睡眠でしょうか。
部活でしょうか。
友達との時間でしょうか。
何もしない時間でしょうか。
その時間も、
子どもの人生です。
時間は命です。
だから私は、
成績が不安だから勉強時間を増やす。
その前に立ち止まりたいです。
今、家族から何が消えようとしているのか。
そこも見てほしいと思っています。
勉強に使う時間も大切です。
でも、
今日、一緒に食べる夕食も、
二度と戻らない時間です。
私は、どちらも大切にできる家庭を増やしたいと思っています。
勉強時間を増やす前に、学び方を一度見直してみませんか?
私は、勉強より家族の時間を優先すればいい、と言いたいわけではありません。
必要な結果を目指しながら、必要以上の遠回りを減らし、親子で過ごせる時間を取り戻したいと思っています。
私は公式LINEで、勉強時間を増やす前に家庭で考えてほしい「学び方の順番」についてお伝えしています。
「最近、家族でゆっくり話す時間が減った」
「子どもの予定が勉強ばかりになっている」
そう感じている方は、こちらから読んでみてください。
