私はなぜ、遠回りすることがこんなに嫌いなのか

私は、遠回りすることが嫌いです。

かなり嫌いだと思います。

同じ結果を目指すなら、できるだけ迷いたくありません。

必要のないことに時間を使いたくありません。

仕事でもそうです。

勉強でもそうです。

AIを使う時も同じです。

「もっと効率よくできないかな」

と考えます。

こう書くと、

「せっかちな人なんですね」

と思われるかもしれません。

たぶん、それもあります。

でも最近、自分では少し違う気がしています。

私は、時間を無駄にすることよりも、

「自分の時間を、自分で使えなくなること」

が嫌なんだと思います。

子どもの頃から、時間を取られることが嫌でした

中学生の頃。

私は良い成績を取ろうとしていました。

以前の記事でも書きました。

自分を守るためです。

いじめられたくない。

簡単に馬鹿にされたくない。

そのために、成績を防具にしようとしました。

だから結果は必要でした。

ここだけを見ると、

「では、勉強を頑張ればいい」

となりますよね。

毎日何時間も勉強する。

塾に行く。

遊ぶ時間を減らす。

成績を上げる。

わかりやすいです。

でも、私は嫌でした。

成績は必要です。

でも、そのために自分の生活を全部渡したくありませんでした。

自分を守るために勉強している。

なのに、勉強のせいで自分の時間がなくなる。

何かおかしいですよね。

私は、そう感じていました。

自分を守った先に、自分の時間がないのは変だと思いました

少し考えてみてください。

自由になるために働く。

でも、仕事だけで毎日が終わる。

健康になるために運動する。

でも、運動の予定で生活が苦しくなる。

子どもの将来のために勉強させる。

でも、子どもの今の生活がなくなる。

目的と手段が逆になることがあります。

私は、これが苦手です。

何のために始めたのか。

途中でわからなくなる。

やることだけ増える。

時間だけ使う。

でも、やめられない。

私は、こういう状態になるとかなり苦しくなります。

中学生の自分も、たぶん同じだったんだと思います。

成績は自分を守るために必要でした。

でも、その成績のために人生を全部使ったら、

結局、自分を守れていません。

だから考えました。

もっと別のやり方はないのか。

私は「苦労した時間」にあまり価値を感じません

10時間かかった。

大変だった。

寝ずに頑張った。

苦労した。

こういう話は、すごく評価されることがあります。

もちろん、本当に大変だったと思います。

頑張ったことも否定しません。

でも私は、

「10時間かかったから価値がある」

とは思えません。

3時間で同じところまで行けるなら、

私は3時間で終わらせたいです。

残った7時間でゲームをしたいです。

寝てもいいです。

家族とご飯を食べてもいいです。

何もしなくてもいいです。

なぜ、わざわざ10時間使わないといけないのでしょうか。

「苦労したほうが身につく」

「楽をすると成長しない」

そう言われることもあります。

必要な苦労はあると思います。

逃げずに向き合う場面もあります。

でも、

苦労そのものを目的にしたくありません。

私は、苦労を集めたいわけではないからです。

時間を使ったことと、前に進んだことは違います

3時間勉強した。

10時間働いた。

一日中考えた。

時間を使いました。

でも、本当に前へ進んだのでしょうか。

私は、ここを気にします。

これはなぜか?

自分自身が、止まっている時間を苦しく感じるからです。

何をすればいいかわからない。

でも、考え続ける。

同じ場所をぐるぐる回る。

誰にも聞けない。

時間だけが過ぎる。

私は、この状態がかなり嫌です。

だからAIにも興味を持ちました。

一人で何時間も止まっていたことが、少し前へ進む。

調べる時間が減る。

考える材料が増える。

自分一人では見えなかったものが見える。

私は、そこに価値を感じます。

新しいものが好きだからAIを使っている。

それもあります。

でも一番は、

「止まっている時間を減らせるから」

なんだと思います。

私は、自分の人生の主導権を持っていたいです

少し大げさに聞こえるかもしれません。

でも、自分ではここにつながっています。

学校に行く。

会社に行く。

勉強する。

仕事をする。

生きていれば、やらないといけないことがあります。

全部好きにできるわけではありません。

私もわかっています。

でも、

「言われたからやる」

「みんながやっているからやる」

「昔からそうだからやる」

それだけで、自分の時間を渡したくありません。

なぜやるのか。

本当に必要なのか。

他に方法はないのか。

私は考えたいです。

その結果、

「これは必要だ」

と思ったらやります。

面倒でもやります。

でも、

理由もわからない。

結果にもつながらない。

ただ時間だけ使っている。

そんな状態は、できるだけ抜けたいです。

自分の人生だからです。

子どもの勉強を見ていても、同じことを感じます

学校に行く。

授業を受ける。

塾に行く。

宿題をする。

問題集をする。

テスト勉強をする。

一日が終わる。

次の日も同じです。

子どもは頑張っています。

親も頑張っています。

でも結果が出ない。

では、もっと増やす。

私は、ここで止まりたくなります。

本当に必要なのでしょうか。

今やっていることは、何につながっているのでしょうか。

なぜこの時間を使っているのでしょうか。

私は、

「子どもだから、言われた通りにやればいい」

とは思いたくありません。

子どもの時間も、その子の人生だからです。

大人の不安だけで使っていい時間ではありません。

学校のためだけにある時間でもありません。

塾のためだけにある時間でもありません。

その子の時間です。

私が「時間は命」と言う理由

時間は命。

少し重い言葉だと思います。

私も、何となく格好いいから使っているわけではありません。

一時間使う。

自分の人生が一時間減ります。

これは誰でも同じです。

子どもも。

親も。

私も。

もちろん、その一時間が楽しかったならいいです。

必要な勉強をした。

大切な人と話した。

仕事をした。

ゲームに夢中になった。

疲れて寝た。

自分で納得しているなら、それでいいと思っています。

でも、

何のためかわからない。

望んでもいない。

前にも進んでいない。

ただ、やめられない。

私は、その時間をできるだけ減らしたいです。

なぜなら、戻ってこないからです。

遠回りした経験が、全部無駄だったとは思いません

ここまで書くと、

「遠回りには意味がないと言いたいのですか?」

と思うかもしれません。

そうではありません。

失敗したこと。

迷ったこと。

うまくいかなかったこと。

後悔したこと。

そこから学んだことはあります。

私自身も、ずっと最短距離で生きてきたわけではありません。

かなり迷っています。

遠回りもしています。

だからこそ、

「遠回りも人生です」

という言葉もわかります。

でも私は、

同じ遠回りを何度も繰り返したくありません。

すでに誰かが転んだ穴がある。

場所もわかっている。

それでも、

「自分で落ちないと学びにならない」

と言って全員で落ちる。

そこまでしなくてもいいと思っています。

人から学べることは学ぶ。

道具を使えるなら使う。

先に進んだ人の経験も借りる。

そして、自分の人生を生きる。

私は、そちらを選びたいです。

解答逆算型思考法も、始まりは同じです

私は、勉強法を作ろうとしていたわけではありません。

効率化の専門家になりたかったわけでもありません。

ただ、

結果は必要だった。

でも、自分の時間は渡したくなかった。

その間で考えていただけです。

自分を守る。

自分の時間も守る。

そのために、遠回りを減らしたかった。

今は、その考え方を「解答逆算型思考法」と呼んでいます。

でも、自分の中では勉強だけの話ではありません。

AIも同じです。

仕事も同じです。

学ぶことも同じです。

自分の人生の時間を、

できるだけ自分で選んで使いたい。

ただ、それだけなのかもしれません。

子どもにも、自分の時間を返したいです

私は、子どもに楽をしてほしいだけではありません。

苦しいことから全部逃げてほしいわけでもありません。

必要な時は頑張ればいいです。

結果が必要なら、向き合えばいいです。

でも、

必要のない遠回りまで、

「勉強とはそういうものだから」

と我慢してほしくありません。

毎日何時間も勉強する。

塾に通う。

宿題をする。

それが本当に必要ならいいです。

でも、誰も理由を考えていないなら、

一度止まってもいいと思っています。

子どもの時間は、子どもの人生です。

私は、その時間を本人に返したいです。

部活をしてもいい。

ゲームをしてもいい。

友達と遊んでもいい。

旅行に行ってもいい。

何もしなくてもいいです。

自分の時間を、自分で使う。

その感覚を持ってほしいです。

私が遠回りを嫌う理由は、

たぶん、効率が好きだからではありません。

自分の人生を、

自分のものとして生きたいからです。

そして、子どもたちにもそうしてほしいからです。

時間は命です。

だから私は、

必要のない遠回りを減らしたいと思っています。

勉強時間を増やす前に、学び方を一度見直してみませんか?

私は、子どもを楽させるためだけに勉強時間を減らしたいわけではありません。

必要な結果を目指しながら、必要のない遠回りを減らし、その子の時間をその子自身に返したいと思っています。

私は公式LINEで、勉強時間を増やす前に家庭で考えてほしい「学び方の順番」についてお伝えしています。

「頑張っているのに、時間ばかりなくなっている」

「子どもの人生が勉強だけになることに違和感がある」

そう感じている方は、こちらから読んでみてください。

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