学校から宿題が出る。
塾からも宿題が出る。
問題集もある。
テスト前には提出物もあります。
中学生は、やることが多いですよね。
親としては、
「宿題、終わった?」
と聞きます。
子どもは、
「まだ」
と答える。
すると気になります。
「早くやりなさい」
「明日提出でしょう?」
言いたくなりますよね。
私も、提出するものは出したほうがいいと思っています。
約束や期限を守ることも大切です。
でも、少しだけ気になることがあります。
いつの間にか、
「宿題を終わらせること」
そのものが勉強の目的になっていないでしょうか。
「終わった?」は確認しやすいです
宿題は、とても確認しやすいです。
終わった。
終わっていない。
提出した。
提出していない。
はっきりしています。
問題集なら、何ページ進んだかも見えます。
ノートを見れば、書いてあるかどうかもわかります。
だから親も確認しやすいです。
先生も確認しやすいでしょう。
子ども自身も、
「今日は10ページやった」
と思えます。
達成感がありますよね。
でも、勉強には見えにくいものがあります。
何がわかるようになったのか。
昨日と何が変わったのか。
どこで止まっているのか。
何を勘違いしているのか。
こちらは簡単には見えません。
だから、つい見えるものを追いかけます。
ページ数。
勉強時間。
提出物。
私は、ここに少し怖さがあります。
10ページ終わっても、何も変わっていないことがあります
問題集を10ページやる。
丸付けもする。
提出できる状態になる。
終わりました。
では、その10ページで何が変わったのでしょうか。
全部できるようになったかもしれません。
理解が深まったかもしれません。
それならいいですよね。
でも、そうではないこともあります。
よくわからないまま進む。
とにかく空欄を埋める。
丸付けをする。
間違える。
赤で直す。
次のページへ進む。
そして10ページ終わる。
提出できます。
「宿題は終わった」
と言えます。
でも、テストになるとできない。
ありますよね。
では、その子はサボっていたのでしょうか。
私は、そうとは思いません。
むしろ真面目にやっています。
言われたことを終わらせています。
だからこそ難しいんです。
真面目な子ほど「終わらせること」を優先することがあります
宿題が多い。
期限が近い。
全部出さないといけない。
そんな状態なら、どうするでしょうか。
まず終わらせようとしますよね。
一問ずつ深く考える。
途中で立ち止まる。
何がわからないのか考える。
そんな余裕がないこともあります。
とにかく進む。
今日中に終わらせる。
提出日に間に合わせる。
真面目な子ほど頑張ります。
そして疲れます。
ようやく終わる。
親も安心します。
子どもも安心します。
でも、テストの点数は変わらない。
すると次は、
「もっと勉強しないと」
という話になります。
私は、この流れに違和感があります。
すでに宿題はしています。
問題集もやっています。
時間も使っています。
それでも結果が出ない。
本当に足りないのは、宿題の量なのでしょうか。
宿題は「提出するための作業」なのでしょうか
少し極端な言い方をします。
宿題を提出することだけが目的なら、
空欄が埋まっていればいいですよね。
先生に出せます。
期限も守れます。
でも、勉強の目的はそれだけではないはずです。
できなかったことができるようになる。
知らなかったことを知る。
考えられなかったことを考えられるようになる。
何かが変わる。
私は、勉強はそこに意味があると思っています。
なのに、
宿題を終わらせる。
問題集を進める。
勉強時間を記録する。
見える作業ばかりが目的になる。
少しおかしいですよね。
大人の仕事でも似たことがあります
会議をする。
資料を作る。
メールを送る。
報告書を書く。
毎日忙しい。
たくさん働いている。
でも、
「何のためにやっているんだっけ」
となることがあります。
会議を開くことが目的になる。
資料を作ることが目的になる。
本来は何かを変えるために仕事をしていたはずです。
でも、作業をこなすことで一日が終わる。
勉強も同じことが起きると思っています。
宿題をする。
問題集をする。
ノートを書く。
全部必要な場合もあります。
でも、作業そのものが目的になると、本来見たかったものが見えなくなります。
私は「やった量」をあまり信用していません
以前の記事でも少し書きました。
私は、
「3時間勉強した」
という話を聞くと、
頑張ったなと思います。
でも、それだけでは判断できません。
「問題集を30ページやった」
も同じです。
すごいです。
時間も使っています。
ただ、
その時間で何が変わったのか。
私は、そちらが気になります。
少し厳しく聞こえるかもしれません。
でも、子どもを責めたいわけではありません。
逆です。
3時間も使った。
30ページもやった。
それなのに何も変わっていない。
だとしたら、同じことをもっと増やすのは苦しいですよね。
私は、努力を増やす前に考えたいんです。
宿題を否定したいわけではありません
ここは誤解してほしくありません。
「宿題なんてやらなくていい」
という話ではありません。
学校には学校の考えがあります。
先生にも意図があります。
提出物が評価に関わることもあります。
期限を守る経験も大切でしょう。
だから、
「全部無視しましょう」
とは言いません。
私は、宿題を敵にしたいわけではありません。
ただ、
宿題を終わらせた。
だから勉強は大丈夫。
そうは限らないと思っています。
宿題をしているのに結果が出ない。
問題集を進めているのに変わらない。
そんな時に、
「もっと宿題を頑張ろう」
だけで終わらせたくないんです。
「終わった?」以外の見方があってもいいと思っています
親御さんが子どもの勉強を見る時、
「宿題終わった?」
と聞く。
自然だと思います。
でも、それだけでは見えないことがあります。
子どもは今、どこで困っているのでしょうか。
何がうまくいっていないのでしょうか。
頑張っているのに、なぜ結果につながらないのでしょうか。
私は、こちらも考えたいです。
ただ、親が毎日問題を解いて確認する必要はありません。
親が先生になる必要もありません。
以前の記事でも書きました。
親は中学生の勉強を全部教えなくていいと思っています。
でも、
「終わったかどうか」
だけを見る必要もないと思っています。
勉強は、終わらせるためにあるのではありません
宿題を終わらせる。
問題集を終わらせる。
テスト範囲を終わらせる。
「終わらせる」という言葉は安心します。
区切りができます。
でも、勉強は少し違います。
終わったか。
ではなく、
変わったか。
私は、こちらを大切にしたいです。
昨日できなかったことが、少しできるようになった。
昨日知らなかったことを知った。
迷っていたところが少し見えた。
前に進んだ。
それが勉強だと思っています。
だから、
宿題を全部終わらせているのに成績が伸びない。
そんな子を見た時、
「もっとちゃんとやりなさい」
とは言いたくありません。
もう、ちゃんとやっているかもしれません。
ただ、今の学び方では結果につながりにくいだけかもしれません。
真面目に宿題をしている子ほど、一度立ち止まってほしいです
宿題をやらない。
提出もしない。
それなら、まずやることが必要な場合もあるでしょう。
でも、
毎日宿題をしている。
提出物も出している。
問題集も進めている。
それなのに結果が出ない。
そんな状態なら、
量を増やす前に、一度立ち止まってほしいです。
宿題を終わらせることが目的になっていないでしょうか。
ページを進めることが目的になっていないでしょうか。
勉強時間を増やすことが目的になっていないでしょうか。
時間は命です。
宿題に使う一時間も戻ってきません。
必要な宿題なら、やればいいです。
必要な勉強なら、時間を使えばいいです。
でも、
何のためにやっているのかわからないまま、
ただ「終わらせるため」に時間を使い続ける。
私は、それを減らしたいと思っています。
勉強は、終わらせるためにあるのではありません。
自分が変わるためにあると思っています。
勉強時間を増やす前に、学び方を一度見直してみませんか?
私は、宿題をすることが悪いとは思っていません。
でも、毎日きちんと宿題をしているのに結果が出ないなら、努力不足と決める前に学び方を一度見直してほしいです。
子どもの時間も、家族の時間も有限です。
私は公式LINEで、勉強時間を増やす前に家庭で考えてほしい「学び方の順番」についてお伝えしています。
「宿題はしているのに成績が伸びない」
「これ以上、何を増やせばいいのかわからない」
そう感じている方は、こちらから読んでみてください。
